2010/01/16

日々「追っかけ再生版」

いやあ、なんだか新年明けてそうそうバタバタと忙しい。
なもんで、ついこのブログの更新も怠りがちになってしまった。いかんいかん。
という訳で、正月以後のバタバタな日々を
Twitterの「自分つぶやき」を参考に「追っかけ再生」気分で、手短に綴ると、、、、


『お正月休みを利用して、Windows7をインストール。少々時間がかかったけど、無事終了しました。』
1月1日11:55 PM (Twitter)
年末より兵庫県の両親の元に帰省。
どうせ、実家では正月の間、特にやることもないだろうと、メインマシンのMacBookProを持って帰り、
BootCampで起動させているWindowsを7にアップグレードインストールする。
おせちを食べたり、7の設定をしたり、おとそを飲んだり7の設定をしたり、
テレビをみたり設定をしたりの日々がとろとろと続き、、、、、

『故郷での正月は、年老いた猫と、まったりした犬と一緒に炬燵守りの日々。なんだか、夢うつつのうちに過ぎ去ってしまった。』
1月6日8:05 PM (Twitter)
ということになる。

東京には1月5日深夜戻り。
翌6日は、Windowsの移行に伴う、各外部デバイスやなんやかやの設定、環境構築に追われることになった。
『やっとマシン環境復帰。
正月休みを利用して、MacのBootCampで起動しているWindowsを7にアップグレードしたんだけど、
帰京してすぐ、それに伴いVMwareFusionも3にアップグレード。ああ、時間がかかってしもおた。』
1月6日8:03 PM (Twitter)



1月7日久しぶりに東京の夕景を眺める。例によって富士山がちらり。
『あ、うちも七草粥でしたよ。』
1月7日11:10 PM (Twitter)



『おはようございます。今日は相方、satoko18さんのお誕生日。おめでとうございます。 』
1月8日 7:55 AM (Twitter)
プレゼント用に以前から少しずつ描いていた花(Poppy)の絵を完成させようとするが、、、
なんだかどうにも、どうにもキマらない(下イラスト)。
そこで、急いで仕切り直し、最近凝ってる日本画タッチ(パンクテイスト)の路線に変更する。
出来上がりは、こちらのYT02-blogをごらんください。


もちろん仕事もやらなきゃ。
『さてさて、去年末から持ち越してきた、フリーペーパー「108」掲載のマンガがやっと出来上がって、さきほど送信完了。
いちおう、連載予定でタイトルは「旅の心得」。
「旅の心得」は、毎回、最近気になってるモノ、コト、場所に焦点を当て、
見開き2ページながら深く追求してみようと試みる旅行記仕立てのエッセイマンガなり。
(序文)齢八十にして従者アーナンダらをしたがえ、
自らの永遠の寝処を目指すがごとく最後の旅に向かったシャキャムニ・ブッダ、
「基本的に人生は苦しいことばかり」と生涯説き続けた彼は、目の前に広がる世界を見渡し従者に声をかける。
「ああなんてこの世は美しい。人生は甘美なものだ。」
そして続ける。「さ、アーナンダ、旅に出かけよう」
この話が好きだ。
史上もっとも崇高にして偉大なるこの覚者は、目をキラキラさせてきっと我々にも声をかけてくれる筈だ。
「人生は短い。さあ出かけようぜ」と。
、、、、、とこんな感じで始まるマンガです。
で、第1回目に取り上げるのは、伊藤若冲。
去年秋、滋賀のミホミュージアムで体験してきた「象」と「鯨」を軸に、「若冲ワンダーランド」を心得る。
しばらくしたら、街中に出回ると思いますので、もしよかったら見てみてください。フリーペーパー「108」。
ちなみに巻頭のインタビューは横尾忠則氏!とのこと。』
1月10日 4:40 PM - 4:57 PM (Twitter)


引き続き仕事っす。
『おはす。明日は大事なプレゼンテーションがあるので、今日はその資料作り。』
1月11日 10:18 AM (Twitter)

それが、やっと終わったので、、、、
『プレゼンも終わりちょっと一段落。で、しばし、ぼおおおとしていました。
で、昨日(13日)は天気が良かったので館山方面へドライブ。でも、風が強くて寒くて、車から出られませんでした、、、。
1時間半で館山着。
岬のさきっぽ南房パラダイスで夕陽を眺め、ちょっと寿司をつまんで帰ってきました。
(寿司は失敗だったな)』
1月14日3:12 PM (Twitter)


やらねばならない事がいっぱいあるのに、また、ついつい出かけてしまう、、、。
困ったもんです、、、(苦笑)。
『さきほど世田谷散歩から帰ってきました。立ち寄ったのは「岡本公園民家園」「岡本静嘉堂緑地」、、、
JA野菜直売の「ファーマーズマーケット二子玉川」の二階にある「ゆっくりとカフェ」で一休み。
ああ、、今日はよく歩いたな。
岡本静嘉堂緑地にあった「岩崎弥之助碑」に書かれた歴史、、、チンプンカンプンながらも面白かった。
今話題の「龍馬伝」香川照之演ずるところの岩崎弥太郎、その弟にあたるこの人物、三菱財閥の2代目総帥ですね。 』
1月15日 19:10 PM (Twitter)

と、いうふうな日々、、、。
おお、おっかけ再生がやっと今日に追いついたぞ。

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2010/01/01

2010年元旦

皆様、2010年、明けましておめでとうございます。

1997年にオープンしたこのイラテックサイトも、いよいよ13年目に突入。
この13年の間、何度かリニューアルを繰り返したものの、
なかなか更新したりしなかったり、明らかに手つかず放置状態だったりと、めちゃくちゃに動きの鈍かった当サイト、
それが去年の9月より、思い直したかのように、あるいは生まれ変わったかのように、
なかなか一生懸命やっております、、、やってると思います、、、自分で言うのもなんなんだけど、、、。

という訳で、本年も当ブログを含めまして、イラテックサイトをよろしくお願いいたします。

で、お目にかけますのは、本年のイラテック年賀状。がおー。
虎です。いちおー。がおーがおー。

この仕事を始めてから30年以上もの間、
毎年毎年絵を描いたり、写真を使ったりと、それなりに趣向を凝らして年賀状を作ってた訳だけど
干支の動物を描くのは、なんと今回が初めて。
年賀状の図柄としては定番中の定番である干支を、なんとなくこれまで避けてきたのは、
やっぱ、フツーになっちゃうもんね、、、というのが主な理由からだ。
それが今回はなぜ?と問われるとしても明確な返答が出来ない、、、。
寄る年波による心境の変化か?
大げさに言うと、野菜の絵を描き続けたムシャノコージサネアツな心境か、、、?

ま、でも、あんまり深い意味はないと思いますね、私の場合。
ただ虎が描きたかっタイガー(、、、失礼)。
ま、来年、ウサギ描くようだったら、ちょっと考えちゃいますけど、ね。

つーコトで本年も、何卒よろしくお願いいたしまーす。

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2009/12/26

葡萄畑 プレゼンツ BANDA PLANETARIO

一週間近く前のネタで恐縮なのだが、12月20日に行われたライブのレビューログをひとつ。

10月27日新宿ロフトで行われたライブに引き続き、
BANDA PLANETARIOと葡萄畑のライブを見に行ってきた。
(バンドの解説や、その時のライブの様子などは、こちらのブログ「葡萄畑の夜」を)

この日のイベントは、和久井光司氏仕切りということで、浅草橋(!)にある小ぶりのライブハウスで行われた。
出演は和久井さんのバンド「the BMW」に、「葡萄畑ご一同様」、
そしてスペシャルゲストに「泉谷しげる」というラインナップ。
どうやら、10月のロフトで共演した和久井さんから葡萄に声がかかり、
11月和久井さんが音楽プロデュースを務めた「エレック唄の市2009」をきっかけに、
泉谷しげる氏が急遽、乱入参加という形になったらしい。
ちなみに、同じくロフトでの共演をきっかけに、BANDA PLANETARIOの紅一点バイオリン
「アッキー」こと秋久ともみちゃんは、「エレック唄の市2009」から泉谷氏のバッキングに参加している。
音楽家のつながりってのは、なかなかあなどれませんね。

まずはBANDA PLANETARIO登場。左からアッキー、吉井くん、あおちゃん、よっちゃん。

2度目のバンプラ体験。
前回のブログでも書いているように、どこかヨーロッパあたりのロードムービーを想い起こさせる
叙情的で牧歌的で、日向のぬくもり系で、酒場の片隅系なインストルメンタル・ミュージックの数々、、、。
うーん、やっぱ、グッドですね。
欲を言えば、数曲でいいから唄モノ、
それも、ちょっとこなれた感じの女性ボーカルなんかが入るとたまんないだろうな、、、と思わせる。
どっかにいないか、和製テレーザ・サルゲイロ。

続いてオリジナル葡萄畑メンバー、佐孝さん、本間くん、マイケルが加わり、葡萄畑2009に変身。
ドラムのマイケルがリハーサルが出来なかったらしく、いきなりドカドカ始まり、
メンバー一同あっけにとられる一幕もあったが、そこはご愛嬌。
なんせ、前回ロフトでは、ドラムがなくてダンボール叩いてたんだもんね。
そんな感じで始まったステージ、青ちゃんのぐだぐだMCをはさみつつ、いつものなごやかなムードで、微妙にもりあがり、
「お嬢さんおてやわらかに」「夕飯は御仕舞」など、数々の幻の名曲を披露した。
写真はアッキーの後ろに謎のアコーディオン弾き佐孝さん、吉井くんのギターネックで顔がかくれた本間くん、
ステージ奥でぜんぜん見えなかったマイケルがその後ろにいる筈、、、。

個人的には、僕がその昔、葡萄畑解散後のあおちゃん佐孝さんとやっていたテクノバンド、
「Metropolis」時代にもレパートリーにしていた隠れた名曲「ねじれ男」が、ものすごくナツカシうれしかった。
だいたい葡萄畑の存在自体が隠れているもんだから、
そんな彼らののレコードにもならなかった隠れた名曲となると、隠れてるは隠れてるは、
まるで重箱の隅をつっついても見当たらなくて、なんだ、ふたの裏にくっついてたじゃないの!
くらいのレアな曲である。
でも、ホント良い曲です。いつか、なんとか世に出ないかな、、、。

こんな感じの葡萄畑 プレゼンツ BANDA PLANETARIO、
次回のライブは来年2月、あおちゃんの地元、国分寺方面でやるそうです。

さて、イベント自体のトリを飾ったのは、当然、泉谷しげる氏。
唄の市の九段会館同様、カンレキをモノともしない暴れんボー!なステージを繰り広げたが、
なんせハコが小さいぶん、その破壊力は2倍にも3倍にも膨れ上がっていた。
こちらも、あー面白かった。

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2009/12/24

Merry Christmas

メリークリスマス!

クリスマスなので、こんな写真を撮ってみました。

苔の芝生のおもちゃのサンタさん。
そりを従えお出かけです。

メリークリスマス。
星空の下、皆がみんなに、幸せがきますように。

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2009/12/23

冬至に柚子湯と焼き穴子

田舎の母親から荷物が届く。
明けてみると、好物である焼き穴子が入っている。
これを軽くあぶって秘伝のたれをかけ、穴子丼にすると旨いんだよな、これが、と早くものどが鳴る。

僕の出身は兵庫県の姫路であるが、両親は現在、
その姫路市からもう少し西に行ったところにある、たつの市の海寄りの町に住んでいる。
そこから海沿いの道を車で20分ほど行くと、室津漁港。
いかにも瀬戸内の漁港らしい入り組んだ坂道に、昔ながらの民家が建ち並ぶ
なかなか風情のある小さな漁港町なのだが、ここの名物が、件の焼き穴子だ。
僕の好物であることから、前日さばいたばかりという、このイキのいい(?)焼き穴子を
母はよく送ってくれるのだった。ありがたいこってす。

さて、焼き穴子ばかりに目が奪われていたが、よく見ると包みにはその他に、
新聞紙にくるまれた黄色い球形の果実がごろごろと入っている。
なんですか?これは。
蜜柑より小さく色は檸檬、八朔をうんと小振りにしたような、、、、
そうです。正解はゆずでした。

おりしも昨日は冬至。
これでゆず湯をしなさい、という母心らしい、、、、、
再びありがたいこってす。

ウィキペディアによると、、、
「日本では、古来より冬至に柚子の湯に入浴する習慣がある。」
「冬至と柚子との関連はかならずしも明らかでないが柚子湯の習慣は銭湯の登場以後のことであり、
一説に湯治(とうじ)と冬至(とうじ)との語呂合わせで、身体息災であれば融通(ゆうずう)がきくとのこじつけであるという。」
とのこと。
湯治(とうじ)と冬至(とうじ)、、、融通(ゆうずう)と柚子(ゆず)と、、、あ、シャレなのね、もともとは。
日本の慣わしって、割とこういうこじつけテイストのものってよくあるよね。

とは言うものの、、、
日々寒さ厳しくなってくる折に、入浴剤効果のある柚子を浮かべたお風呂にゆっくり入り
「この冬、風邪などひきませんように」と願う、先人の知恵が活かされた
なかなかほのぼのとした日本ならではのしきたりには違いない。
いいですね、こういうの。

さて、という訳で、昨日の夜は
ありがたく柚子のお風呂をいただいた。
ライトグリーンの入浴剤もいれたので、色合いがますますきれい。
ゆっくり温まりながら、風邪のみならず、無病息災を祈った。

もちろん、穴子も美味しくいただいたのは言うまでもない。

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2009/12/18

東京の夕景

久しぶりに自宅屋上にて、東京の夕景を眺める。

写真を撮ると雲に隠れて富士山もはっきりせず、
なにより、街の上面をびっしりと覆う電線と電柱が実にわずらわしい。

ついつい、この前まで過ごしていた彼の地での夕暮れを思い出してしまう。
むこおーーのお山まで遮るものもほとんどなく、
ある意味、脳天気に思えるほどすっからかんの空一面が、
刻一刻と色変わりしていく雄大さ、、、、。
だいぶ違うよねえ、、、。

さてさて、房総からの引き上げのバタバタもあり、すっかり更新が滞りがちでしたこのブログ、
ペースを戻してちゃんと更新していきますんで、よろしくっす。

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2009/12/04

里の朝

おはようございます。
今日はちょっと早起きしたので、早朝の畦道を散歩してみました。
空を見上げると、こんな感じ。
昨夜の雨もあがり、まだ少し雲は残っているものの、今日はいい天気になりそうです。

それにしても、、、、空が青いなあ、、、。

、、、と、ツイッタのようなブログになってしまった。

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2009/12/02

街のいちょう山のいちょう

先週、仕事の都合で青山に立ち寄った。
ちょうど、外苑の絵画館前のいちょう並木が見事な時期で、
「外苑いちょう祭り」というのをやっている。
太陽の光を通して真黄色になった並木の下をそぞろ歩く。
「まったくなんでもお祭りにしちゃうんだから、、、」とか言いながらも、
立ち並んだ屋台ブースで美味しいタイヌードルを頂いちゃったりして、ちゃっかりお祭りも堪能。
この「いちょう祭り」は、今年でもう13年目になるらしい、、、。

そう言えば、30年位前の話になってしまうけど、この近所に僕は住んでいて、
この絵画館前あたりも、お気に入りの散歩コースだった。
当然、この色づいたいちょう並木も見ている筈なのだが、
それが、こんなに綺麗だった、、、という記憶がどうにもない。
若い頃の僕に、色付いたいちょうを楽しむ余裕がなかったのか、、、、
それとも、いちょう並木も、祭りにあおられ、バージョンアップしたのか、、、。

ちなみに、これが地面に散りばめられたいちょうの葉たち。
きれいですね。

引いてみると、おお、いかにも、青山風、、、、おしゃれな絵だ。



数日後、とある場所で、そっくりの写真が撮れた。

こちらは千葉県、養老渓谷、出世観音前のいちょう。

引いてみると、、、、おお、向こうの山並みが移っていて、ちょっとだけど渓谷感が出てる。
左っ側には、神社の石灯籠も移っていて、和なムードを盛り上げてる。
これも、なかなか、きれいですね。


という訳で、この初冬に出会った、ふたつの黄色いいちょう。
街のいちょう、山のいちょう。
どっちもきれいですね。

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2009/11/29

エレック唄の市2009

和久井光司氏からのお誘いで、九段会館で開かれた「エレック 唄の市 2009」に行ってきた。

「エレック 唄の市」と聞いて、「えーーっ!あの!唄の市をまたやるの!?」と、
ついイジョーなテンションで反応してしまうのは、、、
間違いない、そいつはあの時代の「フォーク者」(推定年齢50‐60余歳)に違いない。
かく言う私もそんな一人に違いなく、この知らせを聞いて一も二もなく
「むむむ当日は何を置いてもかけつけなくては、、、」と固く心に決めてしまったのだった。

エレックに関して、ちょっとだけ、つたない説明を、、、。
エレックレコードは1969年に創設されたインディペンデント・レコード・レーベル(76年消滅)。
つまり、インディーズ・レーベルの先駆的存在なワケで、
70年代初頭、若者を中心にフォークソング、プロテストソングの大ムーブメントが盛り上がりを見せる中、、
吉田拓郎、泉谷しげる、古井戸などをかかえる、ムーブメントの中核的存在であった。
同じフォークソングの代名詞的なレーベルとして「URCレコード」があるが、
こちらは高石ともや、岡林信康、五つの赤い風船、加川良など、所謂関西フォークの多くを世に出し、
さながら、東のエレック、西のURCといった感じで、一大フォークブームを盛り上げていた。
で、そのエレックレコードが当時行っていた看板イベントが、
同レーベルのアーチストたちをメインの出演者に据えた「唄の市」だったのだ。

その伝説のコンサートが、なんと35年ぶりに蘇るという今回の「唄の市2009」。
出演者は泉谷しげる、古井戸の加奈崎芳太郎、生田敬太郎、佐藤公彦(ケメ)
ゲストにChar、中西康晴、浦沢直樹、和久井光司バンド、ザ・アウトロウズ。
唄の市そのものではなかったけれど、当時、このメインの出演者たちのコンサートを僕も何度か体験した。
それは、そう、ちょうど35年前、僕がまだ高校生だった時のことだ。
懐かしくないわけがない、、、、。

さてさて、そんな「唄の市」だったが、、、
その出演者のラインアップから、ある程度は予想してとおり、ほぼ「泉谷しげるワンマンショー」状態であった。
泉谷自身も何度も「なんで拓郎は来ないんだ!チャボがいない古井戸は、たんなる井戸だ!」と叫んでいたが、
いや、実にその通り、、、。
見ていた古くからのファン達の思いも同様であったろうと思う。
それでも、その空いた穴を力の限りに埋めようとする泉谷のサービス精神、、、、
これには、会場が一体となって(いささか年齢層は高かろうが、、、)盛り上がりを見せていた。
いやあ、よかった。よかった。

それと、もうひとつ、、、。
今年は、忌野清志郎、加藤和彦と相次いで、この音楽シーンに関わりの深いミュージシャンが亡くなってしまった。
これについてもライブ中、泉谷が何度か言及していたが、
やはり、これは、とても残念で、とても淋しいことだ、、、。

だからこそ、今、元気な人にはがんばってもらいたい。
もっと、もっと、音楽を通して、自分たちと同時代を突っ走ってほしい、、、
こんな思いが、盛り上がりを見せる聴衆のそれぞれの胸に、
ひとつひとつ、しっかりと刻みこまれていたのではないだろうか、、、。

出演者会場一丸となってジャンピングの連続!

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2009/11/27

房総も半ば ‐‐出東京記‐‐

房総ライフも本日で2週間、一ヶ月限定滞在のおおよそ半ばを迎えたことになる。

17日付けのブログで、「なぜか房総、房総サンセット、、、、」と
ほとんど何の脈絡も説明もなしに、いきなり始まってしまったこの房総生活報告であるが、
そも、我々はいかにして房総生活にいたったのか、、、。
いかにして我々の「出東京記」は始まっていったのかをお伝えする。

思い起こせば、予兆は今年の春ごろからあったのだ。
まずはなんといっても仕事だ。
これがいろんな意味合いにおいて、大きな曲がり角に来ているらしい、ということ、、。
もちろん、世の中自体がむちゃくちゃな不況に陥っているため、
その波は否応なく我々末端業者をも飲み込むことになり、、、ざっぱああーん、、、、
その結果、これまでの仕事のやり方を変更せざるをえなくなってしまったというのが、正直なところ、その一因ではある。

でも、まあ、僕の場合そうでなくても、
仕事においては、10年に一度くらいの割合で、大きな転換期を経てきたのだった。
なんせ、マンガ、イラストレータとして出発して以来、
関わってきた仕事は、音楽、映画などの評論、エッセイ、雑誌の編集、ライター、デザイン全般、
ファッション・エディター、レコードジャケットや写真集のアート・ディレクション、プロモーション・ビデオなどの映像監督、
2Dまたは3DのCG制作、CD-Romなどのマルチメディア・コンテンツのアート・ディレクション、オーサリング及び制作、
WEBなどのデジタル・コンテンツのアート・ディレクション及び企画、制作などなど等等等、、、、。
実にお恥ずかしい限りの節操なき職歴ではあるが、でも仕様がない。
そうやって来ちゃったのだ。

で、この30年間に及ぶ無節操な職歴を俯瞰して見てみると、、、
どうやらそれは、10年に一度くらいの割合で大きく転換しているような気がする。
「アナログ」から「デジタル」へ、「個人ワーク」から「プロジェクトワーク」へ、、、と。

そこで、私は考えた。
ひょっとしたら今回も、次なるステップに向けての大いなる転換期なのではあるまいか、、、
いや、そうに違いない。そうかもしれない、きっとそうだ。
そうだと信じて突っ走るしかない。
だって、今までだって、そうやって来ちゃったんだから、、、。

という訳で、転換にかけるこの思いが、最初に述べた「出東京」へと、ダイレクトにつながる事となる。
この際、仕事の転換に伴い、我々の都市型ライフスタイルも、あるいは別のライフスタイルに変える時期なのではないか、、、、。
もちろん、それ以外にも様々な複数の要因が絡んではいるのだが、
そうやって、我々の「脱東京計画」はまことしやかに、あるいはナシクズシ的に進んでいったのである。

そう言えば10年ほど前にも一度、トウキョウ脱出を試みたことがある。
そのときは、逗子、葉山あたりに居を移そうと、そっち方面の物件を探し、
場所も決まり、話もある程度まとまりかけたのだが、、、、、
とある事情から、結局それは実現化する事はなく終わってしまった。
今思えば、まだ機が熟していなかったのかもしれない。

で、今回は湘南ではなく、なぜか房総あたりが引っかかった。
ネットで色々と情報を集めているうちに、
「あれれ、、、ひょっとして、ひょっとしたら、、、千葉ってアリなのおー?」って感じで
どんどん頭の中のエクソダス願望は、東を目指して盛り上がっていく。
なんせ、東京から近い割りに、海あり里山ありでスローライフ感も満載、なおかつ、家賃も物件価格もリーズナブルそうだ。

その上に、拍車をかけたのが、「アクアライン800円」だった!!
この制度は、約2年半の間の実験制度だという事だが、
それにしても、今まで3000円もかかって見向きもされなかったアクアライン通行料が
なんと、いきなりの800円というダンピング価格!
これは利用しない手はないかも!かも!かも!!!
と、東京湾の向こう、房総半島を熱く見つめる我々にとっては、
「アクアライン800円」が、さながら杖を振り上げたモーゼによって
真っ二つに割られた紅海のように思えたのであった(ちょっとおおげさ)。

という訳で、夏の間に何度か外房や内房を訪れ「ああ、、こんな感じなのね」と確認しつつ、
それ以外はいつも通りネットで、情報探しをする日々。
意気込みはあるものの、このままでは、我々の「出東京記」はなかなか具体的に実現化しそうになかった。

だが、そんな時、ネット上にある情報を発見した。

なんと!外房のある町が、東京からの移住者を呼び込む為、その実証実験もかねて
「一ヶ月の間、ためしに移住してみませんか?」と呼びかけている。
なんでも、町が用意した家を、ほとんど無料で一ヶ月借りられるとのこと、
町では「移住コンシェルジェ」なるものも設置し、いろいろと相談にも乗ってくれるらしい、、、。
これは、まるで、我々のためにあるような企画ではないか!と、
ダメもとで早速応募してみたのであった。

で、それが当たってしまった。

同じようなことを考える人も多いらしく、応募総数は120組にも上ったらしいが、
なんと、その狭き門をくぐりぬけてしまったらしい、、、。

という事で、
「なぜか房総、房総サンセット、、、、」と、なったという次第、、、。

さてさて、長くなってしまったが、これが期間限定房総ステイに至った事のあらましである。
リアルな房総生活を送る上で、揺れる部分も多々あり、
ほんとに「ココでやってけんのおー」「ほんとにこんな生活やってけんのおー」と思う端から、
「ああ、、、いい所だなあ、、、」「ココでこんな生活をしてみたいなあ、、、」と思ってみたり、
日々あっちゃこっちゃする思いに翻弄される今日この頃である。

仕事の都合で東京と行ったりきたりで、なかなか落ち着かないのだが、
期間限定の房総生活も残すところ半月、
「半(出東京)体験」を今少し、注意深く味わってみようと思っている。

イラテック2号による「房総便り」はこちら>>

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